Drive my car-life
-徒然車- クルマの販売に関するうんちくあれこれ
プロフィール

<Highschool~Present>          神奈川県立追浜高校          駿台予備校                 青山学院大学文学部英米文学科   東京日産自動車販売株式会社       株式会社クエスト            株式会社エーススタッフ        株式会社東日カーライフグループ

長谷川 勇人

Author:長谷川 勇人
<Birth and Bloodtype>
1962年生まれ
Going my way! B型人間

<Lifework and Hobby>
ウインドサーフィン・スキー・
60-80年代ロック・酒
温泉or大浴場

<Home>
神奈川県横須賀市
美しく優しい妻1人
聡明で親孝行な息子1人


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引継ぎは難しい!?
自動車ディーラーの離職率は高いと言われている。3年たつと入社時のおよそ半分は辞めていなくなっているとも言われる。つまり50人の営業を採用しても3年後には25人は辞めてしまっているということである。「まだ半分も残っている」という意見もあるが、採用・育成コストを考えたら寂しい現実である。

確かに昔から車のセールスはキツイと言われる。1軒1軒かかとを減らして訪問し、
断られ、疎まれを繰り返してようやく1台売れる。それに耐えられないものは早々に去っていく。店頭販売でもそうだ。他社と比べられ値段をたたかれ、ようやく決まるという時に、とどめの○○の毛まで抜かれるような思いをしてようやく注文書。何のために自分がいるのかわからなくなってジレンマに耐えられなくなり去っていく。

去って行った後にあるいは去って行く時に必ずやらなければならないことで“引継ぎ”がある。これは自動車業界に限らずどの業界でもあるだろう。
引き継いだ方は会社の財産としてそのお客様を守っていかなければならない。

引継ぎは難しい。新規開拓よりも難しいとも言われる。引き継ぐ方も引き継がれる方も。そして当のお客様はもっと複雑だ。今までツーカーだった関係が、一から始まるのである。
人と人なので合う合わないは必ずある。したがって、今1000軒のお客様があっても、5年後はそのまま1000軒はまずありえない。この合う合わないで去っていったり、
やむを得ない事情で離れていったり、車を保有できなくなったりと自然減していく。
さらにひどい現実では、前任が退社した後、突然に引継ぎを依頼され、一人でそのお客様に挨拶回りすることもある。そしてその量が半端ではない。300や400もある。
これではまともな引継ぎはムリである。

そうは言っても引継ぎがあるのとないのとでは、会社の評価や給料が違ってくる現実がある。例えば、社長賞を取っていた営業のお客様を引き継いだら、その営業も翌年に社長賞を取ったりしている。あるいはゼロからテリトリーを開拓している新人と何百軒と引き継いでいる新人もいる。その結果、何百軒を引き継いだ営業が翌年新人賞を取ったりしている。営業所が1店ごとに実情が違うため引継ぎ量は差が出るのは致し方ないが、評価となると別物である。「たくさん引き継いだのだから、同量の苦労があるのだ」という意見も理解できるが、何となくしっくりこない。

昔、引継ぎ専門部隊と新規開拓専門部隊を明確に分けたらどうかと考えたことがある。
公平性、やりがい、向き不向きなどの観点からは解決できそうな気がする。

離職あるいは異動に伴う“引継ぎ”は常につきまとう。いかに短期間で認知してもらい、新たな取引をしてもらえるかが鍵である。新たな取引があれば非常にうれしい。
自分のカラーになったという実感が起こる。ここにも営業の苦労や楽しさがある。


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人の脳はすごい!!
先日久しぶりにコンサートに行った。ジャンル的にはロック、それも30年前のバンドのメンバーの一部が再結成して行なったコンサートである。そんなにメジャーなバンドではない、その筋ではマニアックなファンが多いと思っている。そんなバンドなので、厚生年金ホールではガラガラかなと思っていたら、なんと満席!!しかもおじさん、おばはんばかりかと思っていたら、20代、30代、50代以上などいろいろな方が来ていて、意外というか感心してしまった。 

そして開演。数曲の後、私を含めこのコンサートにいる人全員が絶対に聞きたかった曲がスタート。曲の山場に入り、メンバーの中心人物のフルートのソロが始まった瞬間!!
 

隣のおばさんは口に手をもっていったまま動かない・・・

数列前の兄ちゃんは「イアン!!」と叫んだまま固まっている・・・

私は目がウルウルして焦点が定まらない・・・

全員が静かに聞き入っている・・・

 
感動していると言ってしまえば一言で終わってしまうが、今考えてみるとあの瞬間、あそこにいた全員があの曲を初めて聴いたころに戻っていたのではと思う。 

自分自身を思い出すこともそうだが、あの頃の友達、恋人、学校、喜び、苦しみ、希望、挫折・・・
私が初めて聴いたのが、約25年前。「その頃何をしてた?」「何を考えていた?」と聞かれてもすぐには思い出せないが、このようにその時聴いていた音楽を聴くと瞬時に思い出される。 

これは私だけだろうか?ある曲を聴くと「あの女の子に振られた時だな」とか、「受験に合格した時に最初に聞いた曲だ」とか、一気にその時の情景が目に浮かぶ。

車も同じだ初めて自分の金で手にした車、初めて彼女を乗せてドライブした車・・・そして初めて自分の力で販売した車・・・その車の名前を聞いただけでその時が瞬時に蘇る

昨今の厳しい時代、毎日毎日が勉強みたいなもの。覚えなくてはならないことも多い。脳みその引き出しを常に活用し日常生活(仕事、家庭・・・)に活かさなくてはならない。したがって、せっかく読んだり、見たりしたことをザルのように忘れていってはもったないことこの上ない。忘れた方がいい事もあるかもしれないが、そういう事をかえって忘れない。覚えていなくてはならないことを結構すぐ忘れる。人とは難しいものだ。

3歩歩いたら忘れてしまうような日々が続くが、がんばろう!!



 


売り場って何だろう?
今回は訪問販売からは少し離れる。

今日、妻と買い物をした。、息子が念願の希望高校に合格し、その祝いのお返し物を買いに行こうということになった。

ある百貨店に行き、選別をして店員に包装を頼んだ。女性店員は「包装など少し時間がかかるので20分後に取りに来てください」とのことなので、「わかりました」とその場を去った。ブラブラ時間をつぶし、余裕を見て30分後位にその売り場に戻った。

レジの上には私たちの商品が積まれており、まだノシはついていなかった。「まだなんだ・・・」と少しガックリしていると、店員も私たちを認め、「申し訳ございません。もう少しお待ちいただけますか?」と言うので、仕方なくレジの横の椅子に座って待っていた。

問題はここからである。ある2人の男性がそこに現れた。どう見てもそのレジの女性より階級が上の課長とかマネジャーみたいな人たちである。実際何か用があったのであろう。レジの中に入り、あーだこーだやっていた。しかし、そのレジの女性はさすがに手に負えないような忙しさだったようで、「すみません、袋詰めをしてもらえませんか?」と男性に頼んだ。男性は袋を一つつかんだのだが、もう一人の男性と再び話になり、袋を置いてどこかに行ってしまったのである。

このシーンをじっと見ていた私も女性に声をかけ、「袋はいいですよ。」と言っても良かったのかもしれないが、せっかくの合格祝のものなので、きちんと普通にしてほしかったのも事実である。

話は戻るが、先ほどの男性はお客様の方を明らかに見ていないこの百貨店自体が見ていないのかもしれない。レジの女性も「おめでとうございます」の一言もない。全員が目先の自分の仕事に必死である。商品を預かり、お金をもらい、レジを打ち、包み渡して終わる。機械でもできそうである。

私たちはレジの女性から接客された。その女性からいろいろ言われた。しかし、頭にきたのはそれ以外のスタッフである。しかも上司と思える人である。全員がしっかりしようと言えばそれまでだが、「私は今、直接接客をしていない」とホッとして売り場にたっているあなた!
見られてますよ!!!売り場にいるお客様のために、売り場に立ったらそっちを見てくださいよ。
セクショナリズムはお客様の前では関係ないですよ。

車のショールームでも同じだと思う。車の商売の方が売る側と買う側の関係性が強いので、それ以外の人はさらに妙な安心感が出てしまうかもしれない。気をつけよう。

訪問すればいいってもんじゃない
訪問営業中心のコラムであるが訪問すればいいってもんじゃない
非常に当たり前のことだが、あえて書く。

先日商談に負けた。私自身のではなく、営業活動を支援している、ある営業の商談だ。
その商談を発掘したのは去年の秋頃であった。
テリトリー内の未納先法人を片っ端から飛び込み訪問をし、ようやく話ができた先であった。話としては、社用車を入れ替えたいということと自分自身のプライベート車もそろそろという、いわゆる2台口のような話である。
名刺交換をし、査定をさせていただき、グレードは?オプションは?支払い条件は?という具体的な話で終了し、次回見積りをお持ちしますということで辞去した。
営業はにっこりし、『がんばります!』ということで、帰社後店長と相談をし、見積りを作成したまではよかったが、この後がいけない。

何度も一生懸命訪問し、見積り完成の旨を伝えたが、なかなか目指す人に会えない。業種的に不定期の休日ということでもあったが、会えないまま時間だけが経過していったらしい。何週間か後にようやく会えたのだが、開口一番『他社に決めた』とのこと。理由は、
『おたくは何も言ってこなかったじゃない?』と言われたそうだ。

私が先日この顛末を店長から聞いたときに店長いわく、『土俵の下には来たけれど土俵の上には上れなかった』と悲しそうな顔をしていた。どうして上れなかったのですか?ときくと、『何度行っても会えなかったんですよ』と会えないことが敗因というようなことを言っていた。当の営業本人とも話したが同じような回答であった。
そこでふと思った。訪問以外でコンタクトは取ったのだろうかと。
『名刺をもらったのだから、電話アポを取ってみた?』と聞いたところ、『そういえば電話していませんでした。テリトリーなのでひたすら訪問していました。』ということであった。

IT機器真っ盛りのこの時代。今や原始的にもなってしまいつつある<電話>
自動車の営業は、アポを取らずに訪問することは確かに多い。しかし、商談となれば別である。何月何日の何時に誰とという5W2Hを明確にし、万全の体制で商談には臨まなければと私自身も深く反省した一件であった。

敵は誰か?何か?その2
先入観は最大の敵の一つであると述べたが、それでは先入観に打ち勝ち、勇気をもって
いざ・・・
店頭ショールームで「いらっしゃいませ」、訪問先で「こんにちは」とトライしてみる。
今乗っている車、走行距離、車検時期・・・などいろいろな話をして店頭ではお客様は退店し、訪問では辞去する。問題はここから先である。

店頭の場合は、いわゆる「アフターフォロー(追っかけ)」である。その日の夜に電話し、あるいは訪問し、購入を促していく。勝ち負けは別にして、すぐに買うとしているお客様もいれば、まだ検討段階で時間のかかる方もいる。ただいずれにしろ、何らかのアタックを売る側とすればかけるし、かけない手は無い。店頭に自ら来店するというお客様の意思があるので営業としてのハードルは割合に低い。

それでは訪問の場合はどうか。車検が来月に迫っており、メーカーは問わずに検討したいなんてことになっていれば、自ずと足は向く。足が向かない営業がいたら営業という仕事を辞めたほうが良い。
しかし、そんなうまい話はそうそうない。車検は1年以上先で、決まったところからいつも買っているなんて言われると、足が向く営業は多くない。お客様からの意思が前提にないので営業としてのハードルは非常に高い。
これは新規開拓(飛び込み訪問)でよく言われるようなことだが、既納先訪問でも言える。
「あのお客様は今までいつ行っても○○だから・・・」とやはり先入観が先に立つ
そうしているうちに足が遠のいてしまう。

先日、ある営業マン(男性)から「無事に注文いただきました」という非常にうれしいメールをもらった。初回訪問は私と一緒に行った先だが、訪問前は私自身も恥ずかしながら先入観を持ってしまった。車を使っているようには見えない法人だったのである。それでも「行ってみよう」と話し、訪問してみるとやはり先入観ははずれ、何台か使用しているとのこと。反省しきりであったが、偉いのはその営業マンである。その初回訪問からコツコツ3年通ったのである。3年もかかったのでは非効率だという意見もわかるが、複数保有ユーザーである。今後のさらなる取引が大いに期待できる。

彼は<継続訪問>という敵に勝ったのである。上司から「毎週行きなさい」と言われて行ったのかもしれない。それでも最終的に訪問するのは本人である。

やはり最大の敵は<あなた>である

敵は誰か?何か?
各業界には複数の企業が存在し、それぞれが生き残りをかけてしのぎを削っている。
自動車業界も同様である。1円でも多くの売上・利益を獲得し自社の成長を継続しようとがんばっている。そのためには新車でもサービスでも1台でも多くの販売をしなければならない。

その販売を妨げたりする敵がいる。誰か?何か?
まずは環境。例えば最近のガソリン価格問題。とにかく高い。高いからなるべく乗らない。乗らないからいたまない、故障しない。したがって新車(次の車)にする時期が後回しになったり、そもそもの買う意志がそぐわれることが出てくる。ガソリン高騰の原因は国家だったり政治だったりと一般庶民レベルではどうしようもならないことが多い。
反対に好転することもある。税金の課税内容が変更になったり、規制緩和があったりして、販売環境に拍車がかかることがいつかはあるかもしれない。
いずれにしろ自分ではどうしようもないことである。


次にライバル。ライバルがお客様の心に火をつけてくれて、最終的に自分の方へ良い話が転がり込んでくるなんてこともたまにはあるが、だいたいはいわゆる競合商談となり、
いつかブログでも書いた値引き競争でお互いの身を削っていくことが多い。大きい視野で見れば、商談に勝とうが負けようが「勉強」ということにはなるが、自社で販売できなければ、売上にはつながらず当然利益にもつながらない。「ライバルがいなかったらなあ」と
考えても、ライバルも必死である。ライバルが倒産すれば別だが、何年たってもそんなことはあり得ない。これも自分ではどうしようもことである。

次の敵は何か?これが今回の結論なのであるが、自動車業界に限らずよく言われることであるが、それは【自分自身】である。<知識量>や<セールストーク>や<やる気>だったり自分自身でもいろいろある。いろいろある中で私は【先入観】が非常に大きい敵だと思う。これは店頭でも訪問でも同じだ。お客様と直接会って話をする前に、勝手にそのお客様のことを判断してしまうということだ。たとえば店頭にて、家族連れの方が見えたら自動的にワンボックスカーを勧めたり、若い未成年の方が見えても「どうせ冷やかしだ」と思っておざなりな対応しかしなかったりである。訪問ではどうか、誰でも訪問する前に「ここは車を使っていないだろう」とか「ライバル車ばかりだから行っても無駄だろう」などと勝手に判断してしまう。
これらは非常に危険である。誰にも分からない将来を自分でつぶしているかもしれないのである。敵は最も身近にいる。それはあなただ。
私には故郷が2つある

私の第一の故郷は神奈川県横須賀市、第二の故郷は東京都大田区である。
どうしてこの2ヵ所なのか。
私は生まれも育ちも神奈川県横須賀市である。新婚当初1年だけ横浜にいたが、それ以外はずっと横須賀である。
したがって私の場合、一般的には故郷と呼べるのは横須賀1ヵ所となる。
一般的に故郷が2つ以上の場合は、生まれがA県で育ちがB県というパターンが多いように思う。それにより、A県B県それぞれに思い入れが出てくるのであろう。A県と聞いただけで幼馴染みと遊びまわったことや、B県ときいて青春時代ともに笑ったり泣いたりしたことが走馬灯のように頭によみがえると思う。
しかし私の故郷は2つあるのである。

横須賀は生まれと育ちの場所であり、もう一つの東京都大田区は私の自動車販売の営業時代の担当地区(テリトリー)なのである。単なる仕事の場所と言えばそれまでだが、そんなにドライには割り切れない。生まれとか育ちと同じような思い入れが出てきてしまう。
テレビなどで東京都大田区と聞くと気になって見入ってしまう。
どうしてそんなに思い入れがあるのか。

私の新人時代のスタートは担当するお客様はゼロに近かった。ということは、自分で開拓するしか生き残る道はなかった。開拓とはいわゆる“飛び込み訪問”である。配属後の初夏に始まって7,8月のうだるような猛暑、ジメジメした秋雨、枯葉散る初冬、そして凍えるようなな寒空の中、くり返しくり返し飛び込み訪問をした。断られ、疎まれ時には歓迎され・・・をやっていく中で1台2台と少しずつ車が売れていった。したがってこの大田区には私の汗と涙が染み付いている。やる気をなくして時間をつぶした公園を見ると胸がキュンとくるし、何回も訪問してようやく買っていただけた1号車のお客様や最も多くの新車を買っていただいた法人へは『こんにちは』と行きたくなるし、実際に今も顔を出してお互い当時を偲びつつ世間話をする間柄でもある。
こう振返ってみると東京都大田区は仕事という観点の私の生まれ故郷であり育ての故郷でもあるということだ。
私はムチャクチャ車を売ったいわゆるトップセールスでもなかった。成果的には中の上くらいだろうか。しかしきちんと地べたに根をはって売ったセールスだったと思っている。だからこのような思い入れがあるのだ。
決して思い入れのために仕事をしているわけではないが、胸を張ってこういったことを言えるような仕事をこれからもしたいものだ。

余談:先日酒を飲んでの帰り道、まだ終電が終わっていないのに、無意識に大田区の駅で
降りてしまった・・・・。酔っていたのも確かだが、習慣とは怖いものだ・・・



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